インマヌエル浜松キリスト教会

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クリスチャンの体験談ーあかし

 クリスチャン(イエス・キリストを信じる者)になるきっかけは、みんながみんな同じではなく、人それぞれです。悩みがあって、という人もあれば、悩みなどは特になく、何となく行ってみた、あるいは最初は誘われて義理で、ということもあります。どのような形であっても、大切なのはイエス・キリストに出会うということで、その出会いが私たちの心と生涯を変えるのです。
 フェロシップ礼拝や福音の夕べでは、教会メンバーがどのようにしてイエス・キリストと出会い、クリスチャンになったか、その体験談を語っています。その中の一部を文書にしました。

  キリストと私の出会い
心の中のドロドロが
消えた奇跡
 私は中学1年生の時、友達に誘われて初めて教会に来ました。教会に来るにあたっては、自分の中にいくつかの布石があったように思います。
 一つは聖書の言葉でした。小学校のころ、たまたま家にあった「狭き門」という本を読みました。表紙を開いてみると、そこに「狭き門より入れ。滅びに至る門は大きくその道は広く、これより入る者多し。されどいのちに至る門は狭く、その道は細く、これを見出す者少なし。さらば狭き門より入れ。」と書かれていました。後から、それが聖書の言葉だと知りました。思い返してみると、格言だったり、本の一部であったり、聖書って素敵な言葉がたくさんある本だな、という印象がありました。
 二つ目は、中学に入って思春期になり、いろんなことを考えるようになったことです。「死ぬってどういうことなんだろう。」「生きるってどういう意味があるんだろう」
子供を事故で失い、
自分の無力さ、弱さと
向き合って
 私が教会に来るようになったきっかけは、子どもを交通事故で亡くしたことです。8歳の長男が自転車に乗っていてダンプと衝突する事故に遭い、脳挫傷でほぼ即死状態でした。私の母がこちらの教会員だった関係で、佐藤町の教会で葬式を挙げてもらいました。
 そのころの日本は高度成長時代で、皆どんどん仕事をして稼げば儲かるようながちゃがちゃした中で、私もそれにかこつけて家庭を顧みず、帰りは12時とか、土日は家にいないような、母子家庭状態のような好き勝手なことをしていたサラリーマンでした。
 長男の事故死があって、定時に帰るようになりましたが、家の中で居場所がなく、土日の夕方になるとそわそわして、家の中をうろうろしていました。その時に、お袋と家内が「教会で伝道会をやっているから、7時ごろ行ってきたら」と言ったんです。
空しさの中で見つけた
たった一つの道
 私が生まれ育った家庭はクリスチャンホームではありませんでしたが、家のすぐ近くにキリスト教会があったので、小学校に上がるころ、教会学校に行くようになりました。そして初めてイエス様のお話を聞きました。教会学校はとても楽しく、色々な行事にもいつも積極的に参加していましたが、学年が上がるにつれて自分の用事が増えて行き、しだいに教会から離れていきました。そしていつの間にか、教会やイエス様のことは思い出すこともなくなり、時間が過ぎて行きました。
 20代のころ、私は自分の生き方に自信をなくしていました。それでこれから生きていくための支えとなるもの、何か確かなもの、真理とか真実とかそういうものを探したことがありました。でも自分で一生懸命探しても見つけることはできず、30歳のころもう一度探しましたが、やはり見つけることができませんでした。
 私は自分の生き方にまったく自信を持てずにいましたが、確かなものがこの世の中にないのであれば、自分なりに正しいと思う道を進むしかないのだ、と思いました。
ラジオから始まった
イエスさまへの導き
 私とキリスト教との出会いは、車のラジオから始まりました。その頃詩を作ったり、スケッチをしたりするのが好きだった私は、休みにはぶらりと車で出かけ、気に入った所があると、立ち止まって夢中で筆を動かしていました。そんなある日、私の耳に留まったのは、「福音の時間」というラジオ番組でした。人類の滅亡、日本沈没、ノストラダムスの大予言、など暗い話題がにぎわう時だったので、ラジオ牧師の先生が、世界の終わりと、イエス・キリストの救いについて語っていました。多くの偽預言者、週末のスターたちが現れる。また、多くの人々の愛が冷たくなっていく。しかしここに、永遠の愛をもって私はあなたを愛した。と言われる方がいる。あなたのすべての罪をあがない、あなたを愛して十字架の上に死んでくださったキリストが、あなたを待っています。キリストはあなたを救うことができるのです。
 まわりの人々を見ながら、自分も年を取ると、あの人たちみたいに平凡でつまらない人生を送るのか、と失望していた私にとって、この言葉は心の内側を揺さぶる風、太陽の陽射しで、あたためられた空気が山の斜面をかけ上がってくるような息吹を感じました。ラジオと私のつながりは、1年くらい続いたと思います。
神さまの計画の中で
生きる
 私は、キリスト教については実は子どものころから縁がありました。近所のおばちゃんが、終ったらお菓子をあげると言うので、お菓子につられて教会学校に通っていました。小学校一年生からちょっとだけ行っていましたが、お菓子をいらなくなってから、行かなくなってしまいました。
 大学はキリスト系の学校に進学しました。一応真面目に授業に出てレポートを書き、単位をもらい、A評価をもらいまいした。ですから、一応頭ではキリスト教のことは理解していたつもりでした。社会科を教えているので、社会関係も好きなこともあったと思うのですが、人民のことや歴史的なエピソードにも興味がありました。今思うと本当に頭でっかちで、まことに恥ずかしいことですが…そんなことです。
 幸せなことに、私が最初に勤めた中学校の二年目に、職員室の隣の席に同僚がいまして、しきりに教会に行くことを勧めてくれました。それが今の嫁さんですが、そんなわけで教会に通うことになりました。
人生そのものが
新しく
 私は昭和36年6月19日、20日、21日に特別伝道会がありまして、その時に初めて教会に来ました。当時の教会は普通の家を7世帯で借りており、教会はそのうち10畳二間の部屋を借りて集会をしていました。19日、20日が岩城先生、21日が川端先生がメッセージを語られました。特に川端先生はものすごく張り切って活発な先生で、説教に吸い込まれそうな感じでした。長い説教でしたが、あまり長く感じなかったです。もう終わりなの、もっと聞いていたいと思うような、上手にお話される先生でした。
 その時、罪、罪、と語られました。「罪を持っているままでは、本当の幸せな人生は得られませんよ。」と言うことを聞かされました。罪って何だろうと、わからなかったです。それ以前の自分は、「何のために生まれて来たのか。」とか、「仕事をしている時、毎日毎日繰り返してこのままでいいのだろうか、何のために仕事をしているのか。いずれ死ぬのではないか。自分は死んだらどうなるんだろうか。」そんなことを考えていました。死を恐れておりました。死ぬのは怖いと思っていました。

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